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病院勤務犬、看取り犬、盲導犬…“癒し”以上に“救い”を与える犬たち「人間との関係ではできないことを可能にする」

 昨今、犬は“ペット”の枠を超え、“家族の一員”として存在している。そんな彼らの在り方は時に、人間の心に寄り添い、肉体的にも精神的にも支えとなることもある。今回は“看取り犬”“病院勤務犬”“盲導犬”というそれぞれの立場から人々を支える3匹の犬たちをあらためて振り返る。

T君(当時)2歳、ミカとの初めての出会い(写真提供:聖マリアンナ医科大学病院)

T君(当時)2歳、ミカとの初めての出会い(写真提供:聖マリアンナ医科大学病院)

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■患者に寄り添う“病院勤務犬” 「手術は怖いけどミカとなら、と前向きになってくれた」

手術帽をかぶったモリス(写真提供:聖マリアンナ医科大学病院)

手術帽をかぶったモリス(写真提供:聖マリアンナ医科大学病院)

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 聖マリアンナ医科大学病院で働くスタンダードプードルの“モリス”と“ミカ”は、動物介在療法を通し、医師や看護師と共に日々、患者たちのケアをしてきた。

 当時、気管の病気と闘う4歳の男の子がいた。毎月手術を受けなければいけない状態だったが、怖さや痛みなどから、手術室へ向かうときにはいつも大泣き状態。だが、「ミカを手術室まで連れて行ってね」とお願いすると、自分から向かってくれるようになったという。

「“僕はお兄ちゃんなんだ”という感情が芽生え、手術は怖いけどミカとなら、と前向きになってくれた。自立性を高める勤務犬の本来の活動目的と一致した形です」(初代ハンドラー・佐野政子さん)

 男の子は麻酔がかかるまで、「ずっと側にいてね」とリードを離さなかった。目が覚めたときも、痛みと熱でうなされているときも、ミカは彼のそばにずっと寄り添い見守っていた。

 度重なる手術に苦しむ我が子の姿に「もう辛くて手術を受けさせたくない」と思い悩んでいた親御さんも、「命が助かったのはミカがいてくれたおかげ」と涙を流したという。

 ミカの後を引き継いだモリスも人が大好きで、一度会った人の顔は忘れない。モリスはただ癒しを与える存在というだけではなく、しっかりと動物介在療法を行っている。

「なかなかリハビリが進まない患者様に意欲をつけていただいたり、もう治療ができないと言われた癌の患者様が苦痛と闘われるなか寄り添ったりと、さまざまな活動を行っています」(ハンドラー・竹田志津代さん)

 モリスは、ときに医師と同じように手術帽を被ることもある。これは、手術前に不安で泣き出しそうな顔になっている子どもを励ますための行為だ。

「そういうときに『モリスも一緒に頑張るよ!』って手術帽を被せると、その姿に思わず笑顔になってくれるんです」(ハンドラー・大泉奈々さん)

 同病院が勤務犬の本格的な導入を検討し始めたのは2012年のこと。まずは毎月2頭ずつの犬に病院に来てもらい、その中に初代の勤務犬となったミカがいた。ミカはセラピー性を買われて、スウェーデンから日本に譲渡された犬だった。

「プードルは毛が抜けず、匂いが少ないのが特徴。大型犬で頭がいいのに加え、人が大好きなミカの性格は勤務犬に向いていると思いました」(佐野さん)

 そこからハンドラーの育成、資金面など、さまざまな準備を進め、2015年に初代勤務犬・ミカが誕生した。「犬は清潔ではない」という感覚は医療現場でも根強く残っているそうだが、定期的に行われる抜き打ち検査でもミカは基準値を毎回クリアしている上、導入から現在まで、事故や苦情は1件も起きていないという。

 大きな病気や事故により、生活が一変した患者さんは、何もかも受け入れられずシャットアウトしてしまうことも…。そんなときに、ただ鼻を擦りつけて寄ってくるモリスを見て、今まで拒否していたものを自然と受け入れてくれることがある。

「ここにだったら自分の気持ちを見せていいんだと思っていただける。人間との関係ではできないことを可能にする場面に立ち会うと、いつも感動します」(大泉さん)

 ミカは2021年に虹の橋を渡った。現在は、モリスとともに、3代目としてゴールデンレトリーバーのハクが加わり、患者さんたちのケアにつとめている。

■死期を悟る“看取り犬”文福くんの持つ共感性の高さ「弱っている人を放っておけない」

文福くんと入居者(提供:さくらの里山科)

文福くんと入居者(提供:さくらの里山科)

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 神奈川県横須賀市の特別養護老人ホーム「さくらの里山科」にいる文福くん。入居者の死期を悟り、最期まで寄り添う“看取り犬”として有名で、共に暮らした20名以上の入居者すべてを看取ってきたという。

 雑種犬の文福くんは推定14〜15歳。「さくらの里山科」にやってきてから2年近く経った頃、文福くんが悲しげな表情で、ある入居者さんの部屋の前でうなだれていた。職員が「文福、入る?」と声をかけるとついてきて、ベッドの脇に座り込んだ。

「それからトイレやご飯以外は片時も動かなくなり、入居者さんの顔が苦しそうに歪んだときにはベッドに上がって優しく顔や手を舐めることもありました」と施設長の若山三千彦さんは振り返る。

 それから3日後、その入居者は天に召された。死期を悟るだけではなく、最期まで寄り添う明確な意思がそこにはあった。文福くんのこの行動は初めてではなく、半年前にも同じことがあった。その後も何度も見られ、これまでに文福くんが看取った入居者さんは20名を超えている。

 “その人らしい最期を迎えさせてあげたい”という「さくらの里山科」のターミナルケア指針にも、文福くんは大いに役立っている。

「『若い頃に過ごした漁港に行きたい』とうわ言のように言い続けていた元漁師の入居者さんがいたんです。すでに余命1週間の宣告を受けており、医学的には外出なんてとんでもない状態でした。しかし、文福の看取り行動はまだ始まっていなかった。私たちは文福を信じようと思いました」

 体調が安定していた日、介護スタッフと家族に付き添われて漁港に着いたその入居者は涙を流して喜んだ。文福くんが看取り行動を始めたのは、帰ってきてから4日後のことだった。

 犬や猫の看取り行動について、「匂いでわかるのでは?」と言う獣医さんは多いという。

「特養で亡くなる方は基本的には老衰で、食べ物や水分を受け付けなくなり、息を引き取っていく方がほとんど。犬や猫は嗅覚が鋭敏のため、そうした枯れていく匂いを感じ取っているのではないでしょうか」

 さらに、文福くんは共感性が高いため、寄り添うような行動も見せると考えられる。

「弱っている人を放っておけないんでしょう。仕事で失敗して落ち込んでいたら、文福が寄り添ってきたという体験をしているスタッフは何人もいます」

 文福くんは元保護犬で、保健所で殺処分になる寸前に、開設準備をしていた若山さんに引き取られた。文福くんがいなかったら、犬や猫と一緒に暮らすという試みを12年間も続けてられなかったかもしれないと若山さんは語る。

「看取りという活動よりも、文福がみんなに寄り添い、みんなが文福と一緒にいることを喜んでくれる。そういう存在がいたからこそ、私たち、自分たちのやっていることには意義があるんだと実感することができました」

■目となりサポートする“盲導犬”「お互いに助け合って暮らしていくことは、決して虐待などとは思わない」

盲導犬を目指す訓練犬たち(提供:関西盲導犬協会)

盲導犬を目指す訓練犬たち(提供:関西盲導犬協会)

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 視覚障害者の“目”としての役割を果たす盲導犬。でも、それだけではなく、生きていく上でのパートナーとして、その存在自体が大きな支えにもなっている。

 公益財団法人関西盲導犬協会の浅野美樹さんによると、訓練をして最終的に盲導犬になれる犬は3割程度。盲導犬になるために必要な素質は「健康であること」と「落ち着いた性格であること」だという。

「神経質な性格よりは、どっしりと構えて物事や環境の変化などに対してあまり動じない性格。基本的にポジティブな性格の犬が盲導犬としての適性があります」

 盲導犬の候補犬は、生後60日を過ぎた頃にパピーウォーカー(パピーを預かるボランティア)に預けられ、1歳まで育ててもらう。そこから協会に戻り、約1年の訓練を重ねて、2歳頃に盲導犬としてデビューをする。盲導犬の訓練は厳しいイメージを持たれがちだが、実際は褒めて育てるのだという。

「訓練士が根気強く教えて、できたら褒めるをくり返すことで、犬たちも『次は何?』と尻尾を振って喜んでいろいろなことを覚えていきます。叱る訓練だと、犬も逃げたくなっちゃうのでね」

 また、叱る訓練で育てると、訓練士師の言うことは聞けても、盲導犬ユーザーさんの言うことを聞かなくなることがある。例えば、年配の優しい女性がユーザーさんになった場合、「この人は怒らないからお仕事しなくてもいいかな」と考えることもある。

「誰といても同じようにできる、犬が自分から進んでするということが大事なので、持って生まれた性格と訓練が合わさって盲導犬として成長していくという感じです」

 近年はAI技術が発達し、視覚障害を持つ方のための自立型誘導ロボットなどの開発も進んでいる。だが、「命がある盲導犬は、ツールではない」と浅野さんは語る。

「人と犬、お互いの命ある者同士、かけがえのないパートナーになり、信頼関係だって築ける。そういったところが一番大きいですね」

 事故で突然すべての視力を失った女性がいた。目が見えなくなると、真っ暗なところに放り出されて自分だけが取り残された気分になり、絶望しかない状態だったという。

「でも、盲導犬を持ったことでどこにでも行けるようになって、社会復帰もできた。何よりも『そばにいてくれることで温かくて心の支えになった』と言っていたんです。やはり盲導犬にはそういった力があるんです」

「犬を人間のために働かせるのはかわいそう」という意見もある。これに対し、「嫌がっているのに無理やり人間のために道具として扱うのは私も反対です」と浅野さんは答える。

「でも、本当に喜んで次々と覚えていく能力のある犬が、感謝されて信頼感を得ながら、お互いに助け合いつつ視覚障害の方と歩き、暮らしていくことは、決して虐待などとは思わないです」

 ヨーロッパではペットもレストランに一緒に入店できたり、電車に乗れたりする。それはしつけが行き届いているからこそだ。

 ペットも小さいときからある程度はしつけをして、ペットを飼っていない人も暮らしやすくなるような環境になれば、盲導犬に対する理解も深まるだろう。

「ただかわいがるだけではなくて、飼い主さんが責任を持って犬にマナーを教える。日本のペット犬のマナーが向上することによって、盲導犬をはじめとする使役犬の入店拒否問題も解決し、そして犬と人がよりよく共存しやすい社会になっていくと私たちは考えています」

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